Web制作においては、クライアントとのコミュニケーションが最終的なクリエイティブの出来を大きく左右すると言っても過言ではない。コミュニケーションのズレによって認識のズレが生じてしまったり、本質的な課題を把握できず、課題解決につながらないクリエイティブが生まれてしまうこともある。

 

さらに、大手のクライアントなど担当者が複数いるような案件の場合であれば、そもそもの意見のすり合わせが大変なことも多いだろう。

 

そんな中、大手クライアントを中心に様々な案件のクリエイティブを世の中に生み出してきた株式会社ラナデザインアソシエイツ(以後、ラナデザイン)にてアートディレクターを務める南部氏は、「体温が上がるコミュニケーションを意識していれば、クリエイティブはグッと良くなる」と語る。

 

プロジェクトをスムーズに進行させるために、そして良いクリエイティブを世の中に生み出すためにラナデザインが意識している「体温が上がるコミュニケーション」とは一体なんなのか。

 

今回、アートディレクターを務める南部樹里絵氏と武田杏奈氏のお二人にお話を伺った。

体温が上がるコミュニケーションとは「理解が深まるコミュニケーション」言いたかったことを言える関係を築くことが大切

―― 「体温が上がるコミュニケーション」とは何でしょうか?

 

南部:打ち合わせで雑談をよくするようにしています。「本当は言いたかったけど言えなかったこと」を話せる関係が理想だなと思っているんですね。

 

ラナデザインは大手のクライアントが多いのですが、担当者さまそれぞれが持っているミッションに対して、どう向き合っているかをヒアリングをすることも大事。

 

たとえば、新規事業を始めるときのクライアントの担当者さまであれば、相当なプレッシャーを背負われていると思うんです。私たちができることなんて微力かもしれませんが、愚痴でもなんでも言えるような関係性を築けたら嬉しいです。

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南部樹里絵氏

武田:相手のことを気遣ったコミュニケーションというのを大事にしています。文面で伝えづらいことは必ず対面で伝えたり、アイデアを求めているクライアントとは一緒に考えますし、逆に答えだけほしいというクライアントに対して、ずばり「こうです」と答えだけをご提案したり。また、クライアントとの打ち合わせの前に「この伝え方で伝わるのか」「言いづらいことをどうやって伝えるか」など、社内で作戦会議をしたりするんですね。言葉で伝えるのが難しかったら、イメージボードなどビジュアルで分かりやすくなる資料を用意して伝えたりもします。

 

南部:ブランディングをするときに、クライアント自身が「どんなイメージを醸成したいか」キーワード出しをしていくのですが、イラストや写真で視覚化してご説明することもあります。そうするとクライアントも「自分たちはこんな風に見られているんだ」とわかりやすく、テキストだけよりも納得感を得られます。

 

クライアントが求めるやり方、進め方を理解して、チームとして一緒にやりたいと思っています。お互いをリスペクトしながら進めるのが理想です。

 

体温が上がるコミュニケーションって、言い換えれば「理解が深まるコミュニケーション」ですね。

 

―― クライアントに合わせてコミュニケーションを工夫するというのは、理想ではあると思うのですが、工数もかかり大変ではないですか?

 

南部:モノゴトは多面的ですが、普通に話をしているだけでは一面しか見えていないということも多いと思います。

 

でも雑談や一見無駄な会話のように思えても、その会話からブレークスルーして面白い発見があったり、そういう見方もあるね!と別の一面も見つけられると、よりクライアントも私たちも体温が上がって、コミュニケーションがより深まり良いものが生まれるようになる。そう思うと、クライアントに合わせてコミュニケーションを工夫するというのは無駄なことではないと思うんですよね。

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武田杏奈氏

武田:南部はよく仕事中とかでも「雑談しよう」と言ってくるんです。仕事中は仕事に集中しろ、という考え方の人からすると、ハッとさせられますよね。またADだけでなく、デザイナーも顔合わせなどでクライアントと直接お会いするということがあるのですが、デザイナー時代の私はクライアントにあまり会いたくないというタイプでした。それよりも制作する時間をもっと確保したいと思っていて。

 

でも、やはりクライアントと会って直接お話をすると、体温が上がるんです。この人のために良いものをつくってあげたい、とモチベーションが上がりますし、その結果プロジェクトが成功したらすごく嬉しい。

 

直接ヒアリングをすることなく、プランナーやディレクターから降りてくる情報だけで進めると、クライアントとの間にフィルターが入っている感覚で、いつまでも本質的なところを掴めないということがよくありました。

 

しかし話をすることで自分の思考が整理されますから、機会は多くなくとも、デザイナーもクライアントと直接会って相手を理解するというのはとても大事なことだなと思います。

デザインの仕事の大半はコミュニケーション「よいクリエイティブのためにどう意見をすり合わせていくか」

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―― そういった「体温が上がるコミュニケーション」を意識し始めたキッカケは何かありますか?

 

南部:過去に一緒にお仕事させていただいた代理店さんが、スポーツブランドを担当するなら案件メンバーでそのスポーツをやる、というのをすごく大事にされていたんですね。それってみんなやってそうでなかなかできないことだなと思って。

 

自分も実践してみて、クリエイティブに落とすときにその商品やサービスを体験したり、使ってみたりすると理解が深まってクリエイティブがグンッと良くなることを実感した、というのがキッカケとしては大きいです。

 

これがわかる前は、商品やクライアントへの理解を深めるコミュニケーションなんて意識できていませんでしたからね。自分が良いと思ったらそれが正解だと思っていましたし、先輩に指摘されても「先輩のほうがわかってない」くらいの生意気でした(笑)。

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武田:デザインの仕事であっても、仕事の大半はコミュニケーションが占めると思うんです。うまくいかなかった案件、クライアントの満足度が高くなかった案件は、大体はクリエイティブだけの問題ではなく、コミュニケーションがうまくいかなかったケースが多いなと。

 

過去に私自身も経験があるのですが、クライアントの社内にもデザイナーさんがいらっしゃって、しかもその方々の発言力が強い案件だったのですが、案件進行中もたくさんの意見が出てくるので、それをどう整理していくかが大変で。

 

ご意見の中には、本質的なことではなく細部の部分の指摘も多く、自分の中では「良いデザインを構築していく上で、その指摘は本質的じゃない」と思ってしまうこともあり、クライアントとの会話がただのポジショントークになりそうなこともありました。

 

もちろんお互い良いクリエイティブにするためにという目的は一緒なんですけれども、クライアントの意見を丸呑みにしても良いクリエイティブは生まれないので、そこをどう意見をすり合わせていくか、どうコミュニケーションをとっていくべきかが難しかったですし、あらためて体温が上がるコミュニケーションって大事だなと実感する案件でした。

相手の理解ができていれば、提案がゼロにひっくり返ることはない。両者に無駄なコストが発生してしまわないために

―― 「体温が上がるコミュニケーション」を心がけることによって、具体的に案件にはどう影響してきますか?

 

南部:「体温が上がるコミュニケーション」を意識することで、提案していたものがゼロにひっくり返るということがなくなりました。ゼロにひっくり返るときって、ヒアリングがうまくできていなかったり、クライアントのことを正しく理解できていなかったりとコミュニケーションがうまくいっていないときなんですよね。

 

そして、提案がひっくり返るというのは、クライアントにも私たちにも無駄なコストが発生してしまいます。クライアントの担当者さまからしたら、また上長に確認を取ったりしないといけないでしょうし、私たちもまたゼロから提案を構築していかないといけません。
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武田:ラナデザインに入社して感じたのは、仕事の進め方が丁寧だなということです。制作フェーズが明確にわかれていて、デザインを進めていく上での仕様を細く設計していたり、疑問点があれば常にワイヤーフレームに立ち返られるようになっていたりと、根拠を残して進めていくのが特徴なんですね。

 

そしてデザインに価格をつけるのは難しいことではありますが、やはりビジネスなので各フェーズでの工数にも費用が発生しているわけです。ビジネスとして成り立たせるためにもフェーズを踏んでいくというのは大事で、提案がひっくり返ってしまったりすると、積み上げてきたものが崩れてしまいます。

 

体温が上がるコミュニケーションというのは良いクリエイティブを生み出すためにも大切ですが、ビジネスとしてのクリエイティブを成立させるためにも重要だなと思います。

エンドユーザーの体温が上がるクリエイティブを生み出すためにも、チームで協力し合えることは重要である

―― クリエイターとしての我を出すことと、体温が上がるコミュニケーションによるアウトプットとの間で、葛藤があったりはしませんか?

 

南部:私にとって大事なのは、「こだわるけど、とらわれないこと」だなと思います。とらわれているときは視野が狭くなってしまい、結局やり直し続けることになったり、自分の方が正しいんだということを認めさせようとポジショントークを展開してしまったりしますが、体温が上がるコミュニケーションを意識して相手の考えを受け入れられるようになると、大きく視野が開けるんですよね。
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武田:手を動かすデザイナーってひとりで深く考えてしまいがちですが、チームでも円滑に意見交換ができていると「あっ、いま自分とらわれているな」というのを客観的に見えるようになります。

 

また、やりたいデザインをアウトプットするよりも、求められていることに対して狙いを定めてアウトプットするほうが難易度が高いですし、面白いんですよね。

 

―― 社内のメンバー同士でも、体温が上がるコミュニケーションを意識されているのでしょうか?

 

武田:お互いに対して理解を深めようという意識は強いと思います。他のメンバーの案件にもとても興味を持っていますし、なにか話題があったら「どうした?どうした?」みたいな形ですぐに集まってコミュニケーションをとってますね。

 

昔の私は、ひとりで仕事をしたいタイプだったんです。デザイナー同士はみんなライバルだと思っていましたし、隣の席の子よりもいいデザインをつくらなきゃと思っていました。

 

でもラナデザインに入って考え方が変わって、お互いの良いところを素直に認め合いながら仕事をしていたら、良いクリエイティブが生まれるというのを実感して。協力し合える体制、雰囲気みたいなのは強いなと思います。
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南部:私も、昔は自分のPhotoshopデータを他人に触られたくない!くらいの気持ちでした。でも、自分ひとりでやるよりも、仲間に相談した方が新しい視点をもらえて見直す時間もできますし、良くなることしかないんですよね。

 

根底には、やっぱりお互いライバルだという意識はあると思います。でも素直にお互いを認め合うことで高め合っていけるし、得意なことがわかると「この仕事はあの人に任せてみよう」とかって思えたりするんですよね。

 

もし相手のことを知らないままだと雰囲気は悪くなりますし、勝手に人をジャッジしちゃって、どんどんギスギスした雰囲気になってしまいます。でもコミュニケーションを意識すると、お互いのことを助けたいと思えるようになってくるんですよ。自分の担当している案件でなくても、誰かが困っていたら、みんなすぐに協力し合ってますからね。

 

そして最終的に生み出されるクリエイティブもエンドユーザーの体温を上げるものであるべきと考えると、対クライアントも社内のメンバーも、「体温が上がるコミュニケーション」は常に大切なことだと思います。