マーケティングを得意とするデザイン会社の株式会社ベイジ。前回は“社員の働き方に着目するなら「顧客の選び方」についてまず考えるべき” という思想のもと、「9時以降にメールが来る会社とは仕事をしない」といった受注コントロールを行い、退社時間を早め、残業時間の削減など、理想的な労働環境の追及に積極的に向き合っているベイジのマネジメントの一部をご紹介した。

そんなベイジは、デザイン会社としては珍しく、頻繁に使われるドキュメントは極力テンプレート化し、必要なノウハウはできるだけ言語化、単純作業の労力をできるだけ減らした、システマティックとも言える生産性の高い仕事の仕方を追求している。

こうした取り組みの背景には、「Webサイトをつくる人ではなく、どんな環境でも活躍できる普遍的な人材に育ってほしい」という想い、そのためにはルーチンワークに極力時間を使わない環境と、知識や体験を言語化し共有する風土が不可欠である、という考えがあった。

今回、ベイジ代表取締役である枌谷力氏にお話を伺い、ベイジが実践するデザイン組織マネジメントの裏側に迫る。

「言語化されて共有されているドキュメントは約100種類」非属人化と生産性向上が安定したマネジメントを可能にする

―― ベイジでは社員の日報含め、様々なことを言語化する文化があると思うのですが、どういったものが社内で言語化されて共有されているのでしょうか?

プロジェクト管理に関するフォーマット化された企画書や分析レポート、また各種ガイドラインやワークフローを管理するためのチェックシートなど、100種類くらいは存在していると思います。

プロトタイプ初案(いわゆるワイヤーフレーム)で言えば、UXリサーチ内容に基づくユーザーシナリオを整理し、プロトタイプがそうなっている理由をきちんと言語化したドキュメントも添えて、クライアントに提案しています。

そのプロトタイプも、Adobe XDで作ったテンプレートが用意されており、必要なノウハウも言語化されてそのテンプレートの中に書いてあるので、経験が浅いデザイナーでも、ある程度論理的な設計や提案ができる仕組みになっています。

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実際に使われているプロトタイプテンプレート

ちなみに、ワイヤーフレームの類はディレクターがつくっている会社も多いですが、ベイジではデザイナーが担当しています。画面設計はデザインの一部であり、この段階からデザイナーは経験を積んで行かないと本質的なデザイン力が身に付かない、と考えているからです。

―― フォーマット化や言語化は、どのように行われているのですか?

様々な案件を通じて様々なアウトプットをつくっていると、「いつも同じことしているよね」といったのが出てきますよね。単にそれをフォーマット化しているだけです。

なので、はじめて取り組むことはもちろんフォーマット化できませんし、パターン化できないこと、都度考えるクリエイティビティが要求されることはフォーマット化していません。

最近では、未経験のデザイナーを教育するためにデザインドリルというのをつくっています。問題形式で、UIデザインの基本的な設計思想から、レイアウト、配色、写真選びまで学べるようなものです。これも、毎回OJTで同じようなことを教えているから、言語化して共有できるようにしよう、といった発想から生まれたものです。こういった活動が社内でいつも発生していて、それらが積み重なって言語化されたドキュメントが増えていっています。

フォーマット化や言語化で、個性を殺したいわけではありません。ただ、無駄なことに時間を極力使わない、生産性の高いプロジェクト進行を可能にしたい、というこだわりです。非属人化、生産性向上によって、受託会社が抱えやすい労働環境上の問題を最小化し、人が育つ、安定したマネジメントが可能になると考えています。

ドキュメントなどのツールは、マネジメント手段の一つ。すべての組織や仕事に必要なわけではない

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―― 創業当初から、言語化によるマネジメントを行っていたのでしょうか?

フォーマット化されたドキュメントであったり、約140のタスクに分解されたワークフローであったりは、創業当初はありませんでした。というのも、当時はキャリアが10年以上のメンバーで構成されていたため、ベテランばかりの組織ではそういったドキュメントはマネジメント上、必要なかったんです。

しかし、まだ経験の浅いメンバーが入ってきてからベイジとしての仕事の進め方などを伝える必要があり、フォーマット化などの言語化文化が生まれました。未経験、経験の浅い人が組織に加わるというのは、ある意味「会社を整理する上で重要である」と感じましたね。

ちなみに、ベイジではピラミッド構造のマネジメントモデルを立ててまして。

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フォーマット化されたドキュメントや細かく分解したワークフローなどといった “ツール” は、業務管理や労働環境といった “制度” をスムーズに運用するための手段と考えています。制度が整ってないのに、ツールや手法だけ導入して現場の問題を解決しよう、というのは違いますよね。

その”制度”の下には、”採用”、”顧客獲得”があります。つまり、人と仕事にフィットした”制度”でなければ、”制度”を導入する意味がないということです。さらに”採用”、”顧客獲得”の下にあるのが、”価値観”です。”価値観”のあった人を集め、”価値観”のあった仕事を獲得できなければ、”制度”も”ツール”も無駄である、と考えています。

もちろんビジネスモデルによっては、あるいは経営のある局面では、制度が先にあった方がうまく行く場合もあるでしょう。しかし、我々のようなビジネスは各人の能力と、顧客との関係性で成果が決まるものなので、ドキュメントのような”ツール”や、ワークフローのような”制度”を整えながらも、その根底にある人と仕事、そして価値観をきちんとマネジメントすることが重要であり、この価値観をつくる上で、「言語化する社風」というのが効いてるんだと思います。

―― 様々なマネジメント手法がある中で、言語化によるマネジメントが生まれたキッカケは何かありますか?

私自身がコミュニケーション下手だから、というのが大きいかもしれません。もともと私は、会話のようなリアルタイムコミュニケーションが得意ではなかったんです。私が人に何かを説明する時には、資料に落とし込んだり、文字にしたりしないと、上手に説明ができなかったんです。

もし私が社員になにかを伝えるときに、曖昧な主観論で「これはいい」「これはダメ」と伝えていても、社員からしたら、なぜ私はそう考えたのかの理由が分からないので、本質的に理解できないし、その考えを他の行動に応用できないですよね。

そういった、本質的な理解を促す説明をしようと思うと、しっかりと言語化して、論理的に説明することが不可欠になります。という風に、私自身が元々コミュニケーションベタであることと、本質的な理解を促すことに対するこだわりから、言語化文化が自然と根付いたように思います。

ちなみに個人的なエピソードですが、私には10年の会社員経験があるんですが、会社員時代、主観的なことや曖昧な説明を上司にされるのが好きではありませんでした。「いいからとにかくやれ」みたいな説明では、決して納得しないタイプの社員でした。

今は自分自身が代表というポジションになって、社員に同じように見られたくない、という気持ちは結構あります(笑)。理路整然とした、納得感のある言葉で理由や根拠を説明するのが、経営者や上司のあるべき姿だと、個人的に思っているのも理由としては大きいかもしれませんね。

人事評価のゴールは、会社と社員が納得感を持つこと。人の貢献度は数値化できない

―― これまでに、制度に合わないということで廃止したツールなどはありますか?

使わなくなったドキュメントはたくさんあります。例えば、人事評価における目標管理シートやスキルのスコアリングシートなどは廃止しました。

私がかつて勤めていた会社では、スキルや行動を細分化・スコアリングして、評価決めるようなことをしていました。確かに何千人もいるような大企業では、こういうやり方の方が良い、ということもあるかもしれません。しかし我々のような小さな組織では、評価する側もされる側も、本来的に得たいことに対して、負荷が大きすぎるんですよね。本来的に得たいことというのは、ようするに社員と会社がお互い納得する、ということですね。

かつて、目標管理シートやスコアリングシートを運用していたとき、提出時期になると焦って記入を始めていました。その内容の多くは「目標達成できませんでした」という反省文だったりしました。

そもそも、立てている目標も、人によって粒度や難易度がバラバラで、事業への貢献度もよく分からないものでした。一番の問題は、そういった評価を1年の大半で忘れて仕事をしていることでした。なんのために年度末に皆が時間を使って評価シートを記入しているのか、よく分からないというのが実態でした。
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また、我々の仕事はグループワークですが、こういう個人にフォーカスした評価だけでは、若手が成長した裏側にある上司や先輩の影響を必ずしもキャッチできませんし、キャッチできたとしても「どう評価するのだ」と新たな課題も出てくるわけです。

このように、スコアリングしづらいこと、言語化しにくいことに合理性を求めて、あえて複雑なシステムをつくるのではなく、お互いが納得感のある評価を面談の場で、双方の主観で割り切って決めればいい、という考えになりました。

つまり、なんでもかんでも言語化、フォーマット化がいいと思っているわけではなく、当たり前ですが、適材適所で判断しているわけです。

納期に間に合わせて制作することが仕事の意義じゃない「ベイジを辞めても、どこでも通用する人であってほしい」

―― ベイジのようなデザイン組織におけるマネジメントにおいて、枌谷さんが大切にされていることは何ですか?

ビジネスシーンでは「デザイン」が一つのブームになっていますよね。UXデザイン、デザイン思考といった言葉は非デザイナー層にも浸透して、経営会議でこれらの言葉が出ることも珍しくなくなりました。

それは、どんな分野であっても、デザイナー的な発想ができれば価値を発揮できる世の中になった、ということを意味しているのだと思います。言い換えれば、デザインの仕事を通じて、普遍的なビジネスのスキルが身に付くということかな、と思います。
だからこそ、ベイジでは、単に納期に合わせて制作するだけでなく、仕事を通じて「普遍的なスキルを身につけること」をとても大切にしています。

冷静に考えれば、ほとんどの社員はいつかベイジを辞めます。そのときにどうあってほしいかと言えば、どこに行っても通用する人であってほしいと思うんですね。これは特に合理的な理由があるわけでもないし、私が博愛主義者だから、というわけでもありません。単なる経営者のエゴです。

ベイジで働いた社員が「ベイジで働いたことで、人生が幸せになった」と、その人の人生の中で思ってもらえないと、起業した意味がないな、こだわって組織を作った意味がないな、と思うのです。

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そのためには、日々の業務の中で普遍的なスキルを身につける環境を用意してあげたい。そこで言語化を習慣化させ、メタ認知能力を身につけるための日報や社内レビュー、自分でつくった成果物は自分でプレゼンするといったことを日々の業務に組み込み、普遍的価値を身につけられる環境作りを意識しています。

ベイジはスーパースターだけが生き残れる組織ではなく、普通の人が当たり前のことをやって良いアウトプットをして普通に成長する組織にしたいと思っています。驚くような才能がない人でも、ベイジで働けば、少なくとも他の会社で働くより成長できるな、という状態を築いていきたいなと。

その環境を実現するためには、マーケティングをしっかりと行って受注をコントロールし、フォーマット化やナレッジの共有によって生産性を高めてうまくプロジェクトを管理する、そのことをみんなが正しいと思い、率先してその環境をつくるようになる、自律的に学習する組織が必要なのです。

これは恐らく、経営としてごくごく普通のことです。その普通のことをやっているだけ、というのがベイジでもあります。そしてその普通のことを実行するために、言語化マネジメントは一役買っているのです。

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―― 枌谷さんにとって、仕事の意義とはなんでしょうか?

人生100年時代だという言葉もすっかり定着しました。そんな長い人生の中で、仕事の流行り廃りは必ず起きるでしょう。今の仕事、今の職種のまま、一生働ける人なんてほとんどいないのではないかと思います。

多くの人が現在とは違う職業に将来就く時代だと考えると、仕事の意義とは「普遍的価値を身につけること」であると考えています。決して、Photoshopが使えるようになるとか、JavaScriptが組めるようになるとか、そのことそのものよりも、その背景にある普遍的な能力を研鑽する機会を得られることこそが、仕事をすることの意義だと思います。

ベイジの仕事を通じて、みんなにそういう意義や価値を与えることができればな、と思っています。